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横浜地方裁判所 昭和37年(行)3号 判決 1962年12月18日

原告 泉風浪

被告 横浜市監査委員 松沢由貞 外三名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告は、「原告の昭和三十六年十月十八日付監査請求に対して昭和三十六年十一月二十四日付で被告らがなした地方自治法第二百四十三条の二の規定に基づく監査は行わない旨の決定は無効であることを確認する。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、被告松沢由貞、同山崎次隆及び同野並茂吉被告兼訴訟代理人松尾黄楊夫(以下、単に被告ら訴訟代理人と略称する。)は、本案前の申立として「主文同旨」の判決をまた本案に対する申立として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張並びに証拠関係)

原告は、請求の原因として「(一)原告は、昭和三十六年十月十八日横浜市監査委員である被告らに対し、横浜市職員のなした次の如き不法行為につき監査を行い、当該行為の禁止に関する措置を講ずべきことを請求した。即ち、(1)横浜市の公有財産管理職員は、訴外興信産業株式会社が横浜市神奈川区大野町二丁目六番地所在公共荷揚場四十坪の市有地を昭和三十二年五月以来不法占拠し、同所に工事場を設備してこれを使用しているのにこれを放置し、(2)市の河川管理職員は、右訴外会社が右不法占拠地に隣接する河川約百坪を不法に占有し、うち五十坪を埋め立て船台を築造して営業用に供し、これを使用しているのにこれを容認し、市が徴収すべき使用料の徴収を不当に怠り、(3)市の河川管理職員は、同市神奈川区大野町二丁目五番地所在市有地を談合入札した訴外早川運輸株式会社及び訴外艫居久美雄の両者がその隣接河川千二百坪余の大半を不法に占有し、うち百坪余を埋め立て船台を築造し、昭和三十二年五月以来今日まで営業用に供してこれを使用しているのにこれを是認し、かつこの違法使用に協力し、(4)同じく市の河川管理職員は、訴外中外倉庫株式会社が昭和三十二年二月頃同市金港橋脇の公有河川約三十坪を違法に埋め立て荷揚場を建築し以来今日まで営業用に供してこれを使用しているのにこれを公認しているが、これらはいずれも地方自治法第百三十八条の二に違反する違法な財産管理である。(二)然るに、被告らは、原告の右監査並びに不法行為禁止措置請求につき昭和三十六年十一月二十四日付で監査を行わない旨を決定し、同月二十九日原告にその旨を通知した。(三)しかし、被告らは、地方自治法第二百四十三条の二第二項に規定せられた二十日間の期間内に監査を行わず、また請求人たる原告に対する通知も故意に怠り原告の請求があつて始めて右決定をなして通知したものであり、これらは地方自治法第二百四十三条の二第二項の違反である。また、被告らは、原告の監査請求に応じない理由として地方自治法第二百四十三条の二第一項の趣旨は市長、収入役又は職員が特定の違法又は不当行為をした場合にその行為の制限又は禁止に関する監査の請求をなし得るとするものであり、市長乃至市職員が特定の行為をしなかつたことについては行為の制限又は禁止を目的とする同条の規定は適用がない旨主張するが、地方自治法第百三十八条の二の規定に照してみても、地方公共団体の執行機関は公共団体の事務を誠実に管理し執行する義務を負うのであつて、執行機関が公有財産を適正に管理しない場合の是正救済は本法によつてのみ与えられていると解すべく、被告らは同法を恣意的に解釈してその適用を誤つた違法がある。よつて、原告は、地方自治法第二百四十三条の二第四項に基づき被告らのなした前記決定の無効確認を求めるべく本訴に及んだ。」と述べた。(証拠省略)

被告ら訴訟代理人は、答弁として「原告の主張事実中原告が昭和三十六年十月十八日当時横浜市監査委員であつた被告らに対し、横浜市職員に原告主張の如き不法行為があるとして監査請求をしたこと、被告らがこれに対し昭和三十六年十一月二十四日付で監査を行わない旨を決定し、その旨を原告に通知したこと、該通知が請求があつてから二十日以内に行われなかつたこと及び監査を行わない理由が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。右「二十日以内」は訓示規定であつて、二十日間経過後に通知をしても該通知は無効となるものではない。なお、若し被告らの右監査請求拒否につき不服があるならば、原告としては地方自治法第二百四十三条の二第四項の規定に従い、行政庁を被告として訴訟を提起すべきであり、この点において本訴は被告適格を誤つており、また被告松沢由貞及び同松尾黄楊夫は地方自治法第一九六条の規定により議会の同意を得て議員中より選任せられた監査委員であつたが昭和三十七年六月一日辞職し、現在ではすでに監査委員ではないのであるから、最早被告適格はないのである。よつて原告の請求は失当であり、かつ本訴は却下を免れない。」と述べた。(証拠省略)

理由

被告ら訴訟代理人は、原告の本件訴えは被告適格を誤つたものであり、却下を免れない旨主張するので、まず本件訴えの適法性について検討するのに、地方自治法第二百四十三条の二は、「普通地方公共団体の住民は、普通地方公共団体の長その他の職員に公金の違法若しくは不当な支出若しくは浪費その他同条の二第一項所定の行為があつた場合に、監査委員に対し、監査を行い右行為の制限又は禁止に関する措置を講ずべきことを請求し、監査委員がこれに応ぜず若しくはこれに応じたるもその措置に不服のある時、または監査委員より当該行為の制限又は禁止の請求を受けた当該地方公共団体の長がこれに応ぜず若しくはこれに応じたるもその措置に不服のある時は、裁判所に対し当該職員の行為の制限若しくは禁止又は取消若しくは無効若しくは当該普通地方公共団体の損害の補填に関する裁判を求め得べき」旨を規定しておるのであるから、右規定により監査を請求した普通地方公共団体の住民が裁判所に請求できるのは監査委員が監査請求に応ぜず若しくはこれに応じたるもその措置に不服のある時等の場合であつて、かつ監査請求の対象となつた当該職員の違法又は権限を超える当該行為の制限若しくは禁止又は取消若しくは無効等の裁判を求める場合に限られ、本件訴えのように監査を拒否した監査委員を被告としてその拒否処分の無効確認を求めるが如き請求は地方自治法第二百四十三条の二第四項の訴えの対象となり得ないのみならず、かかる無効確認請求を認める法律上の必要も存在しないものと解すべきである。けだし、当該請求人は、監査を拒否せられた時は、直ちに地方自治法第二百四十三条の二第四項の裁判を裁判所に請求することができ、これ以上監査委員の監査を待つ必要はないのであるから、これと並んでさらに監査委員を被告とする監査拒否処分の無効確認を求めるが如き訴訟を認めることは屋上屋を重ねる結果になるからである。してみると、原告の本件訴えはその余の点を判断するまでもなく、いわゆる権利保護の資格ないし権利保護の必要を欠く不適法のものとしてこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 若尾元 早川義郎)

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